画像情報ネットワークの構築に向けて −画像診断の立場からの提言− 歯科放射線学講座 林 孝文
 近年の画像診断機器の進歩に伴い、コンピュータ断層撮影法 (Computed Tomograph y, CT)、磁気共鳴画像撮影法 (Magnetic Resonance Imaging, MRI)、超音波断層撮影 法(Ultrasono-graphy, US)などが歯科臨床に日常的に利用されるようになりました。 これらにより、腫瘍や嚢胞などの病変の進展範囲の概略の把握や、潜在的な顎関節内 障、口腔癌頚部リンパ節転移などの高精度な評価が可能となり、画像情報は日常診療 に大いに貢献しているように思われます。しかし、こうした高度な検査法が利用でき るのは大学病院など一部の診療施設に限られ、得られた画像情報は、ほとんどの場合 検査が行われた施設内に保存されてしまい、施設外で有効に利用されることは極めて 少ないようです。  これまでは、開業医から大学病院への紹介にはデンタルやパノラマなどの画像が添 付されることはありましたが、大学での治療終了後に開業医へ患者を戻す際に、大学 病院で得られた画像が添付されることは稀でした。しかし、最近、歯科放射線科宛に 開業医から顎関節部のMRI検査・診断の依頼が日常的になされるようになったことか らも示されるように、開業医でも画像情報の共有化への要求が高まりつつあります。 さらに、口腔癌患者などのように、初診時の開業医の対応が患者の生死を分けるよう な場面も実際には少なからずあるものと推測されることから、初診開業医へ画像情報 を含めた転帰の情報をフィードバックする必要があると思われます。  一方、端末としてパーソナルコンピュータを利用したネットワークが爆発的に普及 しつつあり、情報の共有化が当然の如くなされるようになりました。こうしたネット ワークの基盤が整備されることで、診療に供される画像情報の共有化に対しても、要 求される理想像と実現可能な環境との距離が近接しつつあるといえます。  想定される画像情報のネットワークの形態には、大学内の各診療科間といった loc al なものと、大学病院・一般病院・開業医相互間といったより広いものとがあります。  前者については、これまで、診断画像情報のデジタル化として PACS (Picture Arc hives and Communication System) がさまざまな施設でさまざまな形態で運用されて きていますが、必要とされるデータ量のあまりの膨大さが足枷となり、日常診療での 有効性において少なからず行き詰まりの様相を呈してきているように思われます。  このような状況に対し、歯科放射線科では、以前より個人的にワードプロセッサに よる診断報告書を作成してきていましたが、その延長線上で、テキストファイルを基 本とし、画像情報と切り離した形でファイリングしデータベース化したネットワーク システムを構築し運用してきました(中山 均 他:当科における診断情報ファイリ ングシステムの試作.歯放31:27-32, 1991)。テキストファイルのデータベース化に より、既存のパーソナルコンピュータでも十分な処理能力を発揮し、情報の加工・再 利用が非常に簡便に行えるようになりました。また、ネットワーク化により端末の場 所を問わず、適当なシャウカステンの前での読影やCTやUSなどの検査を施行しながら の患者登録・診断が可能となりました。そして、現時点では当科の画像診断は基本的 にすべてこのシステム上で運用するに至っています。  しかし、テキストファイルで報告書を作成する以上、診断医の読影により記述した 内容がどのように理解されるかは主治医の力量に依るところが大きく、必ずしも診断 医の本意が主治医に伝達できているとは限らないという欠点を有しています。パーソ ナルコンピュータの性能向上により、画像処理やネットワークとの接続が容易になる と、画像情報と診断報告書のリンクによる新しい画像診断システムが可能となり得ま す。すなわち、診断報告書のポイントとなる画像(キー・イメージ)をテキストファ イルに張り付け、矢印などの注釈を加えることにより、現行の診断報告書の欠点を改 善すると同時に、PACS のような過剰容量を要求せずに必要な画像に有機的な価値を 付加した報告書を作成することが可能となるものと思われます。現時点では、当科の 次期システムとしてこのような報告書の作成に向けての試行錯誤の段階にあります。  一方、後者については teleradioloy として、これまでTV回線、アマチュア無線、 電話回線などによる施設間での通信方法が模索され、最近では ISDN(Integrated Ser vices Digital Network) による高速画像伝送が可能になりつつありますが、いずれ も広く普及するに至ってはいません。地域医療の充実や医療機関の役割分業の進行と いう時代の趨勢からすると、地方の医療施設や開業医との画像情報の共有化にこそ、 今後は重点が置かれるべきかもしれません。電話回線を利用したファクシミリやイン ターネットの利用も試みられつつありますが、画像の入出力の容易さとセキュリティ とのバランスにおいて現時点において最善と判断しうるものがはっきりしてはいない のが実状と思われます。いずれにせよ、画像情報の共有化は時代の必然ということを 念頭において、患者利益を最優先に、様々な方法を模索していかなければならないと 考えられます。  最後に、大学内・外を問わず、日常臨床で出会うデンタルやパノラマ画像を前に少 しでも疑問の点が生じたら、ぜひ当科に相談してください。現物の写真を送付するの は何かと不都合でしょうから、35mmカメラによる複写、家庭用8mmビデオカメラによ る接写、スキャナーやデジタルカメラからのとりこみ画像でも、メディアは何でもか まいませんので、当科に送って下さい(送料負担については検討中です・・・残念で すが)。診断報告書を添付して返送するようなシステムを少しづつ作っていきたいと 思っています。ネットワーク云々と肩肘を張る前に、画像情報を共有しやりとりする 習慣を身につけようではありませんか。 送り先:歯科放射線学講座内 林 孝文 宛E-mail: hayashi@dent.niigata-u.ac.jp