海外レポート・・・ブルキナファソに赴いて
歯科保存学第二講座 鈴 木  卓

ブルキナファソという国名にピンと来る人は少ないと思う。
 旧名オートボルタ、人口は約300万人、国土面積は日本と同じくらい、地理的にはサハラ砂漠の北北西端に位置した内陸国で、コートジボワール、ガーナ、マリ、トーゴ、ベナン、ニジェールの6カ国にかこまれている。1980年代に2度のクーデーターがあったが、今日では西アフリカ諸国の中でももっとも情勢が安定している国とも言われている。
なぜ私がブルキナファソに赴くに至ったか。話せば長くなるが、大まかに言えば現地での研究技術提供要請があったことと、先方国における歯周病に関する現地調査で、これは一昨年来行ってきた研究テーマの一貫であり、文部省の国際学術研究の範疇での派遣である。昨年私はパスツール研究所との共同研究のため、一年の半分以上をフランスで過ごした。パスツール研究所での活動については共同研究者の田井先生の記事を参照していただきたい。
 ブルキナファソにはパリから出向いている。直行便が出ているので5時間半あまりで着いてしまう。時は十月末、パスツール研究所で疫学の助教授をつとめる、パリ大学時代の同期、ドミニク・ジャネルと二人、総勢105キロの器材とともに気温8度のパリを後にし、目指すはブルキナ第二番目の大都市、ボボディウラソの国際共同疫病管理施設、ミュラーズ・センターの研究所である。
 ブルキナの首都ワガドゥグーに向かう飛行機の中で隣の席に座っていた人品卑しからぬ人物がしきりに話しかけてきて、結構専門的な医学知識を持っているなあ、と思っていたら、その実はブルキナファソの国民議会議長のドクター・イェだった。冷や汗もんである。ワガドゥグー到着まであと20分ほどとなったときに、イェ氏が、「私の国ではトラブルなどないと思うが、万が一の時にはこの名刺を見せると良いでしょう」といって、肩書き付の名刺をくれた。到着後すぐにこの名刺の効力が水戸黄門の印篭と同じくらい凄い威力を発揮してくれた。通常、ブラックアフリカにおいて調査・研究を行う際にもっとも大変なのが携帯器材の通関で、国によってはばく大な補償金をつまされる場合もある。今回は嘘のようにスムーズに通してくれた。それもそのはず、イェ氏のアドバイスで、彼の名刺をパスポートの写真掲載ページにはさんでおいたのである。  ワガドゥグーでは、まず気候になれる事に専念。最高気温44度、最低でも32度である。観光もせず、ホテル近辺で現地の物品販売価格を調べ、あとは翌朝8時発の国内線でボボディウラソまで行くばかり。荷物は当然 .....一旦おろしてホテルまで運んだ。下手をするとなくされてしまうかもしれないからである。
 翌日、ホテルを朝5時半に出発。国内線と言えども、このくらい早く行かないと通関などの手間暇で乗れなくなってしまう場合もあるのだ。さて、首都からボボディウラソまでは僅か45分の空の旅。ここでまた大発見。ブルキナ国民の大半を占めるモシ族とボボ族の間では伝統的に「美人=しっかり太め」である。そして他の航空会社の例にもれず、エール・ブルキナのスチュワーデスさん達は皆「とてつもない美人」ばかりなのである。客席の間を美人スチュワーデスさんが通る度に通路に挟まって抜けなくなるんじゃないかと心配してしまった。
 さて、ここからは調査の話である。ミュラーズ・センターではみんな首を長くして待っていたようで、着くや否や荷物を解く間もなく講演をさせられた。器材の点検と先方が用意してくれたゲストハウスの掃除をし、昼食。かの地での食生活を初めて体験した。出てきた料理は鳥肉にピーナッツバターを和えてかぼちゃと一緒に煮込んだものや、水牛肉の漬け焼き、正体不明だが結構香ばしいソースがかけてあった。主食「トー」と呼ばれるは粟もしくは稗の殿粉を蒸したもの、プランテンバナナを茹でてすりつぶしたもの、またはベチャベチャの「茹で米」であり、思いの外ソフトダイエット。話に聞けば、ギニアの海岸部とは異なり、従来ボボ族には歯磨きの習慣はなく、ブラッシングは植民地時代に漸く伝えられているとのこと。また、歯ブラシが現地生産されていないため市場で大量に出回っているものは日本で言えば場末の温泉旅館で出てくる、あの馬用歯ブラシを更に粗悪にしたようなシロモノが法外な値段で売られているのみである。確か一本40円くらいだったが、この40円が屋台での外食一食分、もしくはタクシーの市内料金に相当すると考えると、貨幣価値を加味してほぼ700円〜850円と言ったところだろうか。  二日目以降、午前は巡回検診、午後は細胞分離法とフローサイトメトリーの研修講師という生活をひたすら続けた。朝4時半起床、5時に農村部または郊外の保健所に向けて出発。道なき道を時速120キロでぶっちぎり、6時過ぎに到着。10時過ぎに店じまいをして、昼頃にセンターにもどって、その日に採取した血液等を処理すると1時半である。早飯の後、30分昼寝して、午後3時から6時まで研究室で技術指導。案外ハードなのである。結局の所、都市部での検診人数が総勢1149人、農村部で1458人、合計2607人を私を含む6名の医師が7日間で診た。一人一日で約60人である。おまけに、この時期はマラリア検診に最も適しているとあって、検診の他、採血をしなければならない。採血時に手を焼いたのが「ものすごい美人」達の血管を探り当てることだったのは言うまでもない。  さて、口腔内だが、少なくともボボディウラソ近辺では、歯周病は頻繁に見られる病気であるといえる。診察した患者のうち、40歳以上の成人は522名で、このうち229名に歯周炎もしくは歯肉炎と思われる肉眼所見があり、さらに54名に下顎前歯部に一本以上の脱落が認められている。これは、40歳以上の成人の43.9%が歯周病に罹患し、さらに10.34%に歯牙脱落が起こっていることを示している。原因はおそらくDental IQが低いことに加え、歯ブラシが高価であること、歯科医療へのアクセスが困難且つ皆無であること、そして文化的にソフトダイエットを好む傾向がある、といったところであろう。最近の調査でブルキナファソ国民におけるHIV陽性率が10%近いことが予測され、国民のほぼ100%がマラリア原虫保持もしくは原虫に複数回曝露・発症、さらに今回の我々の調査の結果、C型肝炎ウイルス保持者が3〜5%と推定される。発展途上国であるため、衛生設備もまだ不完全な点が多く、さらに腸管のアメーバ感染をはじめとした種々の風土感染症があることを考慮すると、全身的な因子がある程度歯周病への罹患率の高さに影響している可能性も否定できない。だが、数多く赴いたアフリカ諸国の中でもブルキナファソの人々は勤勉であり、自国の発展のための事業に非常に熱心であることから、今後も国際協力や援助をよく生かして、自らのQuality of life の向上に努めてほしい、と切に願うものである。
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