海外レポート・・・パスツール研究所との共同研究を終えて
第2保存科 田井 秀明

 平成7年4月〜8月及び10月〜12月にわたり、エイズ予防財団及び文部省国際科学研究費の援助を得て、フランス共和国へ赴きました。本講座では平成6年より、「HIV感染者由来歯肉溝滲出液(GCF)の免疫学及びウイルス学的分析」をテーマに、パリのパスツール研究所との共同研究を行っていましたが、今回はその第2弾ということで、同じく本講座の鈴木先生に私が同行する運びとなったわけです。学内の先生の中には既に御存知の方もおられると思いますが、鈴木先生は医学博士で語学も堪能、おまけにミュージシャンという類希な才能を備えてますので、滞在中は大変心強い存在でした。とはいえ、言葉の壁は厚く、初めての海外旅行・生活は快適とは云い難いものでした。聞こえてくるフランス語は、あたかもクラシックのオペラように、右耳から左耳へと心地よく流れて全く理解できず、むしろ英語の方により親近感を覚えました(しかしぜんぜん上達しなかった)。また、パン屋やクリーニング屋などではフランス語しか通じないので、本で予習をしてから行きましたが、本には出ていない返事がくるともうパニック状態でした。
 ところでパスツール研究所と云えば、HIVを世界で初めて報告したモンタニエ教授が居りますが、恐れ多くて遠くから拝見するだけで、話す機会には恵まれませんでした。この研究所ではHIVは勿論のこと、胃潰瘍・胃ガンとの関連性が取り沙汰されているピロリ菌やあらゆる感染症の研究を行っているとのことです。パリ市内と云うこともあって敷地はそれほど広くありませんが、研究棟が所狭しと立ち並ぶ中に博物館もあり、そこには我々に身近な世界初のオートクレーブが展示されていて、興味をそそられました。また、最近建てられた近代的な図書館の一角で、自分の書いた論文の掲載された雑誌を見つけたときはちょっとした感動を覚えました。
 今回我々が行った研究は、研究所内に併設する附属病院に入院或いは通院するエイズ患者(既に病気が発症している)を対象とし、インフォームドコンセントを得た後、歯周疾患のスクリーニングを行い、協力してもらう患者を選定しました。歯周組織を診査後、GCF及び末梢血をサンプルとして得て研究室へ持ち帰り、免疫学及びウィルス学的分析をフローサイトメトリー及びPCRテクニックを用いて行いました。延べ数十名のエイズ患者の口腔内を診査したわけですが、何よりも先ず、同性愛者、常習麻薬者と接するのは初めてですし、黒人の口腔内を診るのも初体験ですから、最初の頃は非常に緊張しました。しかし実際に接してみると、とても紳士的であり、協力的でした。夏の盛り、約2時間にも及ぶサンプリングに文句を言わず、我々の行うプラークコントロールやスケーリングには興味を示し、感謝をしてくれる。彼らの笑顔を見ると、何かちょっとした満足を感じると同時に、他に成す術の持たない自分に不甲斐なさを覚えました。残念ながらその7〜8割は既にこの世にはいないでしょう。死に直面しながらも前向きに生きようとする彼らに敬意を表すると共に、今回の我々の研究が、疾患解明のほんの僅かな糸口となれば幸いです。最後に、本研究の機会を与えて下さいました原教授はじめご支援下さいました医局の諸先生、(株)ヨシダ・新潟、パリ支社の方々に感謝申し上げます。
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