今後の歯科医療の方向を探る

 

講演.「21世紀の医療政策と高齢者ケア政策」

慶應義塾大学大学院経営管理研究科 教 授  田 中   滋

座長:梶川幸良

1.問題提起

(1)日本の社会のサステイナビリテイ

労働力、小子化、国際競争力ステイナビリティはサステインが維持するですから、日本社会が21世紀にも持続できるかどうか、資源の制約の中で一番いいシステムを作るにはどうしたらいいかと考えております。何がいい医療、歯科医療なのか、それは経済学者にはわかりません。資源制約のなかで、できる限り良いシステムを作るかを考えていますので、その視点からお話しします。

生産年齢人口、即ち現在の定義では15歳〜64歳が生産年齢人口と呼ばれます。特徴的なのは1995年がピークでり、8,700万人ほどになりました。今年に入って減り始めております。では21世紀には労働力をどうするか。私たちの行うあらゆるシミュレーションを通じて2010年以降は日本は労働力不足になります。これがが第一番目の問題です。また、高齢者比率の年当たり成長率を見ますと、65歳以上は、やはり90年〜95年が伸び率が年当たり4%でピークなんです。高齢者の頭数は今後も増えていきますが、経済に影響があるのは高齢者の伸び率のほうが効きます。75 歳以上人口の伸びは、過去15年間年々5%増えてきたのです。これがいまの日本の高齢者の介護ニーズ、介護問題の発生の原因です。年に5%も増えますと、社会の対応のシステムが出来上がらないのです。

2番目、少子化、これは深刻です。高齢者問題のほうは実は社会システムで対応できる、自助努力もできます。ところが子供が産まれるというのは、そう簡単ではないのですね 女性の生涯の再生産率、合計特殊出生率は 1.2までいっています。このままでは21世紀後半に人口が半減していき、一番恐い予想では、50%が年寄りという国ができます。

経済の国際競争力がどうか。日本は高齢社会になって、医療保険料や年金保険料の負担のせいでコスト計算が危なくなる、国際競争に影響が出るのではと言うのですけども、嘘です。日本の国際競争力に影響が出るのは、社会保険料ではなくて、賃金水準そのもののほうが効きます。賃金水準と、それに合わせたさまざまな社会保障制度すべてが効くのです。

深刻なのは年金のほうです。年金は国が行っている確定債務、つまり支払い約束です。法律を改正しないと、勝手に「ああ、年金払うのやめ た」と言えないのです。ところが医療のほうは国民に特に約束していませんから、その年々で決められるのです。だから国際競争力云々と財界が言うと、医療のほうを抑えがちなんです。

したがって日本の高齢社会を保つために、どこを直さなければいけないか。答えを先取りして言うと、生産年齢人口の中の労働力率を高める。それからきちんと子供が産め、育てる社会をつくる。年金制度を改革する。これらが大きいわけです。医療はその中のサブシステム程度です。

(2)世代間負担論争

保険というのは本来、同一リスク集団内でリスクをお互いにプールし合って助け合う機能だと、一方いや事実上、現在の保険機構というのは、医療、介護保険にしても、そして年金保険にしても所得移転であり、世代間の助け合いの仕組みだと言うのです。そうすると世代間の損得論になるのです。

ことし経済白書が日本の政府の出版物としては初めて年金の世代間収益率を出しました。年金の世代間収益率の話しをされると大変困るのです。そもそも保険は、損得ではないのです。いわば社会を安定に保つ仕組みなんです、それを損得論で語られてしまうと、これは社会の仕組みとしてせっかく先人がつくってきた制度を壊しかねないのです。

次、悲惨な高齢者。これは事実なんです。本当に嘘みたいに悲惨な状態の方もおられます。一方、現在の65歳で、新規の方々の新規最低年金の平均値は、若年層の平均所得の可処分所得の8割にもなっています。生活水準がこちらのほうが上になってしまうのです。それから、若年層の5倍を超える資産の保有存高がある。集団としての日本のお年寄りは豊かであるというのも事実なんです。だからここで両方の説がバッティングするのです。こういう状況の中でこそ経済の配分の仕組みをきちんとして妥協点を探す時代であります。ここまでが問題提起です。

2.医療費と時代の目指す医療政策

(1)わが国の医療費は不足? 過大? 成長の具合は?

国民医療費の対国民所得比のほうは91年以来、激増し7%に近づきました。激増した理由は、分母の国民所得が伸びなかったからです。この国民所得の伸びはいま名目で1%です。医療費を1%の伸び率にしたら、日本の医療は崩壊します。日本の医療が国営医療ならば税金で賄えるわけですが、日本の医療の中枢は私的な資金で成り立っています。現在の医療の費用構造からすると、伸び率を1%程度にされたら、倒産をするということと同じです。むしろこの伸び率は保ったほうがよいと思います。

(2)これまでの医療政策:国民医療費=保険医療費

日本の医療費がいまどうして行き詰まった感じがするか。日本の医療費、俗にいう国民医療費というものは、事実上、保険医療費です。 保険医療費というスタンプを押すと、国民医療費と出てくる。別に国民医療費と保険医療費と同じである必然性はないのです。これは日本の医療政策が、即ち医療保険政策であったからと言っていいと思います。医療のアクセスの確保ならわかるけど、医療のクオリティの確保もまた医療保険制度の役割でした。

それからコストのコントロールもまた医療保険政策が行ってきた。つまり3つの重要目標にかかわるコントロールを、すべて医療保険という単一の手段で賄ってきたわけです。これが限界に達していることはもちろん明かです。

(3)医療保険≠社会福祉

日本の医療費というのは、医療だけではなくて、事実上社会福祉制度を兼ねてきたわけです。日本の皆保険制度というのは福祉を担ってきましたから、最初から軽医療まで出し、高齢者ケアという本来医療ではない部分まで公的保険が同じ給付率でカバーしてきたわけです。

社会福祉制度というのは、セイフティーネットといのうが国際的な約束です。運悪くおっこちてしまったときに、安全ネットを張っておくというのは社会福祉の本質です。それと医療保険を中心とする社会保障制度とは意味が違います。 社会福祉制度は一般に小さな政府と両立します。それに対して医療を中心とする社会保険制度は普遍的なものです。

3.医療をめぐる競争:規制緩和論をめぐって

(1)医療の効率化は競争原理によって達成できるか

企業間の競争、これは大いに行っていいです。効率化ってなにかというと、費用削減することではなくて、資源を最適に利用することが経済学でいう効率化です。競争を導
入すると何が起きるか。そこに(a)、(b)、(c)、 3つあります。(a)、電話通信とか、宅配便とかは競争すると価格はどんどん下がります。 一方、(b)、エチレンとか、コンピュータのDRAMみたいなものは自由競争の結果、価格は乱高下します。 3番目(c)、レストラン、あるいはオペラ、コンサートとか、競争が激しいところで値段が下がっている兆候は全くありません。質の高いものを供給しようというインセンティブが強いからです。

つまり3種類の財は財として全然違うのですね。上の財は質が同質的で供給制限がない。一番下の財は供給制限があるのですこういう財で、顧客の側も質を求めている財では、規制緩和によって価格が上がりかねない 医療というのはどれに属する、言うまでもなく(c)に決まっているわけです。競争の帰結は、弱者が排除されます。しかし歯科医療を含めて、医療とか高齢者ケアというのは弱い人のためのサービスです。ここで弱い人が排除されてしまったら、自己矛盾です。

医療や、歯科医療や、高齢者ケアというのは、弱い人のための仕組みとしてつくってきたのに、わざわざつくってある弱者救済の仕組みを壊してはいけない。効率化はすべきだけれども、競争原理を持ち込むとうまくいくというのは、全然答えになっていません。

(2)営利企業と医療:使命

営利企業とうのは、医師会が言うように営利企業は悪徳だからやってはいけない、こんな馬鹿なことはないのです。営利企業は悪徳ではありません。医師会は、 医療という神聖な世界に営利法人が入ってくると、彼らは質を低下させるかもしれないという論理は、論理になってないです。もう一つ、営利法人は利益の分だけ高くなるという、ばかなテーゼを相変わらず言うのです。営利性の本質は機会主義なんです。利益を上げることが経営者の使命ですから、儲かることしかやってはいけないのです。医療や高齢者ケアは儲からないこともしないといけない、そこにニーズがあるから行うのです。本質的な社会的な使命が違うわけです。 よいシステムを作るためには、公正と効率というのが2本柱なんです。そのときに医療のように本質的に弱い人のためのシステムを営々としてわれわれ作ってきたわけですから、そこでは公正感なくして効率は果たせない。逆に効率性がなくては公正は果たせない。こういうシステムであることをいつもわきまえて政策主張しないといけないことになります。

4.国民負担率上限論

医療費だけではなくて、年金や介護や、いわゆる経済的弱者の方々のための社会福祉制度を国民所得を分母にして計算したものを国民負担率と言います。経済学的にいうと分母に国民所得を取るというのはとんでもない間違いで、間接税が増えると国民所得は減るのです。

税社会保障負担率の話をするときには、社会保障給付率を比べないと意味をなしません。日本の給付率は国民所得ベースで見て14%です。ところがデンマークやスエーデンでは45%ぐらい給付率があります。日本の3倍ぐらいの給付率があり、その高い給付率があるからこそ、高い負担率が成り立つのです。給付率と負担率との関係を無視されています。

国民負担率を下げるというのは直接負担が増えるだけです。負担率というのは事前の負担で社会が広く、特に能力比で払えるのに、直接負担にすると、どっちかというと弱い人に負担が重くなる。下手をすれば借金と隠れ借金が増えるだけである。負担率というのは単純な足し算ですから、年金保険の給付から介護保険を払うといった、二重計算になって高く見える等々、問題があるのです。にもかかわらず現在の施策を国民負担率を50%に留めるとか、45%に留めるとかのベースで話をされては困るのです。

よく言われるのは、社会保障負担が高いと国の経済力がなくなったと。そんなことはないのです。社会保障負担の高い国々で1993年の国民所得の世界のトップ5はどこだと思いますか。世界のトップ5はスイスがトップで、ノルウェー、アイスランド、デンマーク、日本です。スイスと日本を除くと、あとの3か国は世界で最も社会保障が発達した国です。スエーデンがやや失敗したのは、バブルの崩壊のせいが大きいです。社会保障をするか、しないかは、経済活力があるかないかは無関係だというのが経済学の結論です。

5.新しい医療費財源について考える

とはいえ最終的には誰が、どう負担するかを考えなくてはいけません。一つは、どうしても、患者さんの窓口での負担を増やさないといけない。

国民皆保険制度は守るべきです。誰をカバーするか。日本にはいま常時100万人の外国籍の方がおられますが、給付対象は全てにいきます。ただし何をカバーするか。給付品目をいまのように生活保障的なものまで医療保険で給付していては困ります。やはり医療保険は医療、歯科医療に限るべきであります。

給付率をどうするか。費目別に変えなければいけない。この費目は5割負担、この費目は……と、費目別に弾力化する。それから保険給付はサービス水準を縛ってはいけないと言えます。最後のまとめを申し上げます。

(1)高齢者の負担

高齢者の集団については個々の高齢者の窓口負担を上げる云々よりも、集団としての高齢者の豊かさに目をつけるべきです。集団としての拠出の仕方をもっと考えるべきです 集団として取る方法は、年金からのチェックオフというのが一番いいんです。年金からの一律なチェックオフは、高い年金の人はたくさん取れるわけです。それから資産からの負担も考えるべきです。

(2)消費税

消費税は公正な税金です。消費税は経済学的に見て少なくともいまの3%では低すぎます。これ以上、勤労所得税によったのでは、勤労者世代の所得の伸び率のほとんどを取られてしまいます。消費税はきちんと、いかに正しいかを言うべきです。

6.新たな理念をもとめて

そして最後、新たる理念を求めて。まず21世紀の高齢社会を考えるにあたって、高齢
問題は3種類の違う人間の話であることを意識してください。

(1)現在の要介護者

現在の要介護者、つまり80歳ぐらい以上の方々は、ニーズの発生率が高いです。80歳ぐらいの方々は金銭的な準備、社会的な準備がありません。日本の戦後の混乱と高度成長を支えた方々に対して何もできないのは、日本社会の恥です。この人たちは、介護保険だ、公費がいいか、こんな論争は意味がありません。手段を問わず手をさしのべるべきです。これができないのは日本社会の品位の問題です。

(2)21世紀初頭の高齢者

次、21世紀初頭の高齢者。今60歳ぐらいの方々です。この方たちは、医療と同じようにニーズがあれば保険で需要に転化して、あとは消費者、顧客志向の機関をいっぱいつくには介護保険がよく、給付が社会保険であればずっといいです。

(3)団塊の世代

社会的には確かに中堅の後ろぐらいにはなってきた団塊の世代は、後期高齢者になるにはまだまだ四半世紀あります。それから金銭的にも準備期間は十分にある。介護保険以外に準備する責任があります。実は選択があるのです。 所得保障をしてもらうか、サービス保障をしてもらうか。年金をいまの水準で払い続けてもらう代わりに、医療や介護については、患者の自己負担を払います。又は一方、基礎年金だけして、あとの年金については自分で準備します。その代わり医療や介護はタダとしてもらう。両方行ったら、若い方々の生活水準が団塊の世代より低くなります。

7.改めて理念とビジョンを

最後、理念とビジョンのレベルで言えば、自立と自己責任を選ばざるを得ません。同時にそれを支える連帯の仕組みが重視されるでしょう。北欧流のノーマナイゼーション、ハンディを持った人も社会に参加できる。いろんな意味のハンディを持った方も機会均等で社会に参加できる、そういう温かさと、一方で自己責任をとる、そういう時代であると思います。 

パネルディスカッション

座長:問題提起

平成7年度で27兆円のレベルで医療費はかなり増えて、これからも年々増えていき、経済全体に占める医療費の比重も大きくなり、これから高齢者ケアのあり方等々、国民の見方、関心も多様化、あるいは深くなっているような感じがいたしております。しかし最近の医療費、この様に増える医療費に対する議論としては、財源の辻つま合わせが先行して、改革メニューは患者負担の方向にそのしわ寄せが偏っているような気がいたしております。医療サービスの社会に於ける位置付けも、これは公共財なのか、あるいは全く単なる便益なのかというようなところまで行き着くような気がいたしますが。

1.医療費負担をめぐって 国庫か社会保険料かあるいは患者負担?

座長 : さて、財源別国民医療費構成割合の年次推移について見てみると、国庫からの投入額は58年に比し、今は7%ぐらい減っています。平成3年あたりのレベルで患者負担と、それから保険料の中の被保険者、務めている人が給与から払う保険料を足すと44%ぐらいになる。そうすると、国が投入する額が22%で、個人の会計簿から出る負担金が44%もなると、これは信頼できる公的システムとしては、やはりもっと公費をふくらませられないかというような議論がいつも最初に出てくるわけです。又医療サービス、あるいは医療システムというのはある程度公共的性格があり、医療サービスの社会的な位置付けをどう捉えべきでしょうか

田中講師:医療は公共財ではありません。医療はどういう財か、経済的に言うと公共性はないけれども、政府が公費や社会保険を使って費用を給付したほうが社会のためになるという価値観で定めた場合です。ということは、財の本質的な性質として公共財ではなくて、社会の価値観が公共性を持たさしめた財なんです。ではなぜ公費を減らしてきたか。公費を減らすことがいいことだからです。どういうことかと言いますと、公費というのは、一般税は医療目的税ではないので、医療セクターにくるという保証はありません。日本国の税収は1991年がピークで、96年度、97年度も、91年より少ないのです。税金は景気の影響を受けます。景気の影響を受けない税収のほうがずっといいのです。景気の影響を受けない税収は強制徴収の社会保険料なんです。社会保険料は事実上、医療目的税ですし、景気の影響を受けない所得比例税です。本当は社会保険料で、この中で言うと公費の部分は減ってしまって、社会保険料が増えるほうが正しい解決なのです。 それじゃ、なぜ日本はこんなに国庫負担もがいまだに二十数%もあるかというと、国民健康保険制度という制度が存在しているからです。本来、保険料対患者負担で論議すべきであって、国庫負担を増やすべきだというのはないものねだりなのです。ないところにもっと出せということは、ますます経済の不透明度を強めることですので、私は経済学者として国庫負担を増やせというのはあまり意味がないと思っています。意味があるのは社会保険料を正しく増やすこと。ただしそのとき問題になるのは、国民健康保険制度をつぶさないようにという限定が付くのです。

2.老人医療費について−負担主体をめぐって

座長:全国の老人歯科医療費は診療報酬額で前年度対比12%ぐらいの増加で、受診件数も前年度対比8%ぐらい増えているということで、国保とか社保のに比して全国の老人歯科診療報酬は増えている傾向です。ただ、これは全老人医療費の3%ぐらいですし、又歯科の医療費の中でも1割ぐらい、歯科医療費全体で見ても小さいですが、しかし医療統計値としては大きな伸び率、%値であろうと思います。大枠の全老人医療費が年々大きいときで前年度対比8%、いまは6%ぐらいでしょうか、伸びているということと、しかも年々3〜4%ぐらい対象人口が増えるということで、この老人医療費が医療費の増加の最大費目として議論されているます。 今この支払い方式は拠出金方式で政府が20%ぐらいお金を出して、あとは組合、政管あるいは国保等からお金出して、その合計が65%ぐらいです。それぞれ1兆 5,000億円前後ぐらい出して拠出金としてプールして老人保健報酬を出しましょうという制度なんですけど、今この制度は若年者のお金がそっくり老人の診療、治療費のために使われているということは、もう完全に所得移転になっている。そうなりますと一つの例えば組合保険という保険システム、閉鎖されたシステムがほかのシステムにお金を出すということは、既に限界がきて、老人保険制度というのは今後維持できないのではないか、この老人医療システムというのは今までのシステムから切り離して税をベースにした新しい老人保健制度を、それは年金、福祉を、全部視野に入れた新しいデザインを創る必要があると思いますが。

田中講師:大蔵省が厚生省のために出してくれるという保証はどこにもないのです。もし税金で賄えるとしたら、唯一あり得るのは消費税の目的税下で、例えば消費税率を15%にして、うち5%は老人の費用だというような形です。日本の社会保険制度がどうしても労働市場の分断を引きずっている、労働集団ごとの保険になっている以上、社会の連帯の仕組みとしてはある程度財政調整は必要だと思います。ただし、将来年金と医療と高齢者ケアをくっつけた新しいシステムはぜひつくるべきだと思います。つまりいまの老健制度をすぐ税金のシステムにするのは極めて難しい。

3.再度予防給付を考える

座長: 西ドイツあたりは給付が広くて、全医療費の7%ぐらいが予防的処置へ投入されています。日本では従来、医療保険は疾病保険だから予防給付はなじみませんよというようなことですが、最近はやはり予防に、ヘルスの面で予防に投入してもいいのじゃないかなという話がかなり煮詰まってきているようですが。

田中講師:一般の予防を保険給付をするということはとても難しいです。一般の予防について社会資源を投入するというのは大いに賛成です。しかし、それを健康保険財源から行うと、多分ミスマッチが起きると思います。やはり健康保険制度の外側でいろいろなインセンティブを付けて、要はカフェテリア・プラン的なところのなかで予防をとるほうが良い。歯科のほうは比較的因果関係がはっきりしているから予防は保険のなかでできると思うのです。

最後に

田中講師:これからの社会を考えるときに、一部の弱者のために全体の制度を曲げてはいけません。社会制度を改革して、より効率的で、かつ自由にするために一部におられる弱者のために全体の制度を押さえてはいけません。医療もそうですし、歯科医療のほうは、もっとそうだと思うのです。基本的には厚生省のうるさい手足を少し離れて自由な方向を増やす。患者さんのためにも適当な自己負担を求める、弱い方々への配慮を別途するというのを怖がってはいけないと思います。

座長:先生の本当に熱の入った講演と、ディスカッション、どうもありがとうございます。 

閉会挨拶 安部 諭同窓会副会長

現在、医療保険審議会において医療保険制度の改革案が検討されております。しかし、現在爼上にのぼっております改革案というのは、どうしても財源論を主体にした医療制度の改革案で、今後の医療の内容の方向性、それはある程度予防面ですが、医療の在り方という観点からの改革には今回の改革案はほとんど触れておりません。その点が残念に思います。今回の医療改革は、ほとんど患者さんに負担を負わせて、国民から見た本当の医療改革ではなく、歯科では8020運動に逆行した改革案ではないのかと危惧しております。本日のこの講演会が将来の歯科医療制度を考えるうえでご参考になれば幸いです。 

(無断での転載、利用は難くお断りいたします /文責 梶川幸良)