研究

1. 細胞外基質を基軸にしたヒト口腔腫瘍の増殖・浸潤・転移の分子機構

つぎのようなヒト口腔腫瘍由来細胞を調整してきましたので、それらの細胞をもちいて、あるいは各種腫瘍初代培養細胞をもちいて、それぞれの腫瘍の増殖と浸潤、そして転移を制御している分子機構の解明をめざして研究を展開しています。

その基軸となるのは間質あるいは細胞外基質extracellular matrix, ECM分子を介した機能分子の動態です。ECMの受容体やECMと相互作用する増殖因子とのクロストークの具体的な理解をめざしています。腫瘍実質細胞のつくりだすECMと間質細胞のつくりだすそれを区別すると、間質空間にもまたその受容にも多様性があることがわかってきました。上皮性腫瘍細胞を材料にしておこなった実験結果を生体組織に反映させてみると、たとえば上皮内間質intraepithelial stromaという概念を提唱することができました。歯や毛髪の形成に上皮・間葉相互作用が重要なことは周知のとおりですが、同じ機構が腫瘍細胞の動態に重要な細胞社会基盤なのです。

  1. 唾液腺腺様嚢胞癌由来細胞ACC
  2. 唾液腺多形性腺腫由来細胞SM-AP
  3. 顎骨石灰化歯原性嚢胞由来細胞COC
  4. 口腔粘膜扁平上皮癌由来細胞ZK/MK

2. 口腔粘膜悪性境界病変の病理診断の科学的根拠

 口腔病理医としての臨床でもっとも頻度の高い疾患は口腔粘膜がんです。そのほとんどは扁平上皮癌ですが、口腔扁平上皮癌はfield cancerizationの概念が最初に適用されたがんですので、口腔内に多発性あるいは再発性の傾向があるのが特徴です。したがって、異型上皮のような前がん病変から、上皮内癌、そして浸潤癌までひとつの病巣のなかに発がんの自然史を追跡できます。同時に、異型上皮と上皮内癌の病理組織診断も困難です。私たちは、これらの悪性境界病変の診断が主観的におこなわれてはこまるので、その客観的な診断基準を確立したいと考えています。具体的にわたしたちが提唱してきた概念や技術には以下のようなものがあります。

a.二層性異型上皮
b.基底第二層の増殖中心
c.口腔上皮内癌の病理組織学的三亞型
d.口腔扁平上皮細胞分化レベル検定の
免疫組織化学
e.異型上皮マッピング
f. 正角化型異型上皮

3. 口腔がんの発生要因に関する病理疫学

 がんの多くは生活習慣病とみなされているとおり、がんの予防にはその発生背景となっている生活習慣をふくめた要因を明らかにする必要があります。口腔腫瘍の発生要因のうち、唾液腺腫瘍については、わたしたちは放射線被曝とウイルス感染がに関して貢献することができました。前者は、広島・長崎の被爆者コホートの調査から、被曝線量依存性に粘表皮癌とワルチン腫瘍の発生が増加していたので、少なくともこのふたつの唾液腺腫瘍は放射線被曝あるいはそれに起因する炎症が要因になっていると結論しました。EBウイルスはリンパ上皮性癌の要因です。このウイルスはヒトゲノムに組み込まれませんが、その遺伝子産物はヒト細胞の構成要素となり、増殖を制御していることがわかりました。そのほかの唾液腺腫瘍で具体的にわかっている要因はありません。

 もっとも高頻度な口腔腫瘍は口腔粘膜の扁平上皮癌ですが、わが国ではその直接的な病因は明らかではありません。しかし、海外に目をうつすと、アジアからアフリカまで広範囲に口腔癌の多発地域があり、そこでは必ず噛みタバコ習慣が文化として根づいています。カート葉噛み習慣のあるイエメンや、ベーテル葉噛み習慣のあるミャンマーでは、全身のがんのなかで口腔扁平上皮癌の頻度がきわめて高く、その患者の生活習慣として噛みタバコが密接に関連していることがわかりました。現在は前向きのコホート調査をおこなって、口腔がん予防の基礎データをつくることをめざしています。


4. 死細胞を起点としたがん進展機序の解明

 がん細胞は正常細胞にくらべて速く増殖する反面、細胞死が高頻度に生じています。がん死細胞は通常、腫瘍内に動員されたマクロファージによって貪食・処理されますが、周囲の生きているがん細胞によっても貪食されます。これまで私たちは、生きているがん細胞がこれら死細胞を貪食することで、がん細胞の運動能力を高めることを発見しました。さらに、がん死細胞が近くにいるだけで、生きているがん細胞の増殖が活発になることもわかりました。現在、がん死細胞が生きているがん細胞を活性化するメカニズムについて研究を進めています。

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