新潟映画祭 「第九回 にいがた国際映画祭」って何?    
ひとりごと的前説


99年3月に行われた、第9回 新潟国際映画祭は、まったくひどいものだった。そのマネッジメントがである。どうして、会場に入れなかった客に対して主催者は説明をしないのだろうか? どうして責任ある対応を取らないのだろうか? どうして代表責任者への面会を拒絶するのだろうか? 疑問は尽きず、不満は解消されないままである。

しかし、同様に不満を抱く人々がいるというのを知って、勇気を持ってこのページを作成することにした次第である。



1999.5.17.  三浦先生への返信


三浦先生

先週末にシネウィンドまで出かけて、念願の「宋家の三姉妹」を見てきました。結局いろいろな意味で高くつきましたが、評判どおりの秀作で感動しました。また、昨日は、シネマ3で「Life is beautiful」を見て来ました。新潟で映画館に行くなんて10年ぶりです。余談ですが、先生ご指摘の通りシネウィンドの座り心地がいかに劣悪かを実感してまいりました。シネウィンドには、そのポリシーから言っても、あまり多くを期待してはいけないのでしょうが、もうちょっとなんとかならないかなという贅沢な希望をもちました。

(中略)

先生のおっしゃる通り、やむをえないものと納得できる部分は少なくありません。しかしながら、肝心のポリシー、すなわち「何のために、誰のために、何を期待して映画祭をやるのか」という基本理念がしっかりしていないようでは、部外から改善のために協力をすることに対して空しさを感じます。結局、ボランティアスタッフの大部分も上映映画選定のプロセスに参画できることが最大のメリットかつ楽しみと理解しているのではないでしょうか。

難しいですね。


1999.5.15.  三浦先生からの実行委員会報告


川瀬先生

 昨夜、新潟国際映画祭の会合に行って参りました。

 新潟市国際交流協会から職員が2人参加した以外は、ボランティアの人ばかり10人余 りでした。

 私宛ての「映画祭実行委員一同」というファックスはボランティアの人が出したようで、最初に来た池田という協会の職員は「知らない」とのことでした。その辺の意志疎通と責任の所在が曖昧な気がしたのですが、今回はそれをきちんと追及することができませんでした。
 例の「宋家の三姉妹」については、2回のみの上映が配給側の意向で決まったものであ り、配給側に対してこちらは立場が弱いので相手の意向に従わざるを得ないこと、こちら の予算が十分でないこと、また「宋家…」が新潟映画祭で上映されると決まった段階では まだ東京でこの映画がどの程度評判になるかはっきりしていなかったことなどが説明され ました。
 以上は確かにやむを得ないところだろうという気がしましたが、ただ満員お断りの際は払い戻しをすべきではないかという意見は述べておきました。これについては明確な返答は今回は得られませんでした。

 会場については、シネ・ウィンドのような狭い会場を使っているのは使用料が安いためと、他の映画館が借りられないためだそうです。私としては市民プラザのような広い会場をメインにすべきではないかと言ったのですが、多目的ホールより専用の映画館で見た方がいいという意見もあるそうです(満員だと前席の人の頭が邪魔になるシネ・ウィンドがさほど映画を見るのに絶好だとは私には思えませが)。
 ウィンドを使うなら作品を毎回替える形式ではなく、一つの作品を繰り返す形式で数日やればいいというのが私の意見ですが、これについては上映作品が少なくなることに抵抗がある人がいるようでした。

 会場は、次回映画祭についてはすでに決まっており(従来通り)、仮にある程度の改善がなされるとしても次々回以降でしょう。映画祭に限らずホールや会場の類は早くから押さえておかないといけないので、これはやむを得ないでしょう。しかし上映作品はまだ未定だということですから、これから外部の人間が意見を述べる余地は十分あると思います。

 全体的な雰囲気ですが、私の疑問に対してきちんと応対し説明を試みる方が何人かいて 好感が持てましたが、一部、「今のままでいい」という意見に凝り固まった人も見受けられました。少し気になったのは「私たちはよくやっている」という自己了解が内部にあるような気がしたことです。たしかにボランティアで配給会社などと交渉するのにはそれなりに苦労があるだろうと思います。しかし、その結果が観客に満足のいくものとなるかどうかはまた別問題です。人間のやることですから失敗や不十分さはつきまとうわけで、その点に関して外部からの批判を受けてそれにきちんと答え、しかもその答が外部に明瞭に伝わるようにする義務はあるだろうと思います。

 恐らく、会合に一度出て意見を述べただけでは映画祭は変わらないでしょう。一応次回 の会合の通知もくれるよう頼んでおきました。ただ夜7時半という時間、国際友好会館と いう場所からして出られるかどうかは判然としません。


1999.4.14.  三浦先生へのお礼


 三浦先生から、また励ましのメールをいただきました。

一部抜粋いたしますと、
「自分の権利をきっちり主張すべきだというご意見には全く同感です。日本ではボランティ アとかNGOと称されるものが新聞などでかなり甘く評価されているきらいがありますが、公的 でない(それでいて国際映画祭のような公的な行事に携わる)組織は逆に恣意的になりやす いわけで、そうした面に対する批判はマスコミなどもきちんとなすべきだと考えます。」

  「ホームページの私の意見は、匿名でなくても結構です。意見は実名で堂々と言うべきだと いうのが私の基本的な考えですし、得体の知れない反論を川瀬先生だけが受ける形になるの はよくないと思います。お時間があればということですが、私の意見は実名にして、ただし メールアドレスも添えて、愚見への反論は私自身が受けるということでもよろしいのではな いでしょうか。そもそも、「にいがた国際映画祭実行委員一同」からの私への返答も、書面 では回答しないということもさることながら、責任者の名前を(あるいは文責でも構いませ んが)挙げず、「一同」という匿名性に逃げ込んでいるのは変じゃないかと思ったもので す。」

 どうもありがとうございます。

 当初、ひとりで自己満足的にこの意見広告ページをこしらえようとしていましたが、挫折しそうになったものを曲がりなりにもここまでの形にすることができましたのは、ひとえに三浦先生の激励のおかげであります。 われわれの意見を真摯に受け止め、真に「市民のための映画祭をつくろう」と立ち上がってくれるボランティアスタッフがひとりでもいてくれれば、この世も捨てたものではないと思います。そう願いたいものです。



1999.4.3.  三浦 淳先生からのメール


 今回はお願いがあってメールを書いております。

 先月川瀬さんのホームページをのぞいていたら、最初のWhat's newのところに「にいがた国際映画祭なんて最低です。云々」と書かれてあるのを発見しまし た。たまたま私は以前からこの国際映画祭をシネ・ウィンドのような狭い会場で行うことに疑問を持っていたので、市の担当課にこの疑問をファックスで送信 し、ついでに「新大歯学部の川瀬先生のHPにも同じような意見が述べられている」と言ってやったところ、過日返事が来て、「指摘されたHPを探しているが 見つからない」と書いてきました。What's newsの項はしょっちゅう記事を差し替えておられるのでしょう、改めて見てみるともう先月私が読んだ「新潟国際映 画祭なんて……」の文章はなくなっていました。

 それでお願いですが、先月は間違いなく映画祭を批判する記事があったことを川瀬様ご本人に確認したと、市側に言ってやりたいので、その点をご了承いただ きたいのです。もちろん、ご自分で映画祭に対する批判をお送りになればいっそう効果的かと思いますが(FAX:225−2733、にいがた国際映画祭実行委 員会)。

 以上、勝手なお願いですが、よろしくご了承下さいますよう。


このメールの内容に対するご意見は
miura@ge.niigata-u.ac.jpまで



1999.3.1.  高橋先生への返信


 まったく同感です。

 ぼくの場合、ちょいとばかり(注:それでもトータル3年弱ですが)アメリカにいただけですが、そこで嫌というほどファイトすることの重要性、権利の主張の当然なことなど身にしみて感じてきましたので、ついつい大袈裟に食って掛かってしまいます。しかし、そこから場合によって、正のフィードバックがかかってポーズが本気になってアドレナリンがばんばん出てしまうようなのです。かあちゃんに叱られました(笑)。

 ぼくはむしろ、主催者側では全部折り込み済みのマニュアル通りだと疑っています。あの映画はこの映画祭の最も知名度の高い「目玉商品」であるがゆえに、オープニングと千秋楽に配置している訳ですが、そして観客の入りが最も期待されることを承知しているにもかかわらず、たぶんレンタル料の問題からだと思いますが、二回の上映に制限してしているのはどういうことでしょう。
チケットは映画指定がないとはいえ、前売りですから、この映画の人気度や期待度から入場予想も出来る訳です。もう、9回も開催している訳ですから。要するに、最終日の「宋家の」はあらかじめ入りきらないことを予想して、その時は「ひたすらわびる」というマニュアルが出来上がっていたと思います。その根拠は、「責任者に電話しろ」と詰め寄ってもだれひとりたじろがず、「それはできません」と同じ答えが即返ってきたことからも想像できます。また、去年も同じことがあったという話ですし。

 そのシナリオを分かってどうか、おなじ溢れた客からぼくを悪人呼ばわりするなんてひとがでたこと自体信じられません。妻は、あんたのやり方が新潟にはなじまないからだ、と解説してくれましたけど。

 あと、その時まで知りませんでしたが、あれは市の国際交流課とやらが主催しているらしいですね。あの事務所がいかにお茶のみ半分に(よくいえば、非お役所的で家庭的といえるかもしれないが)やっているかというのは知る人ぞ知るの事実です。そんなこんなを考え合わせると、残念ながら市長からの改善命令でもでない限り、今回の教訓は全く生かされないと断言できます。



1999.3.1.  高橋先生からのメール


 昨日は思いがけないところで川瀬君の昔と変わらぬ熱血ぶりと、奥様の優しさを目のあたりにして感動しました。

 わたしも老体に久しぶりに義憤の血が沸き返るのを覚えました。昨日のような場合、鑑賞希望者の人数予想を大幅に誤ったという、明らかに主催者側のミスが原因で、あのような事態になったのですから、当然前売り券の払い戻しには応ずべきであった。入場も払い戻しも再上映も拒否して主催者側の利益の方はバッチリ確保しておきながら、希望する映画の鑑賞という客の方の利益は踏みにじってかまわない、とでも言うのでしょうか。それは あまりにも一方的、官僚的だと思いませんか。本来は、作品名と日時とを明記した前売り券だけ売るべきであったのです。それとも何ですか、そんな前売り券を売ろうとにすると、今度は、消防署にかわって、税務署の干渉を恐れねばならぬとでも言うのでしょうか?。

イヤハヤ文化都市新潟市の文化事業とは聞いてアキレラア。

 今日3月1日の新潟日報の第23面に昨日のあの騒ぎについての記事が出ています。



総括としてのぼやき


 新潟にアメリカのCitizen Disputeのような制度があったら、間違いなく主催者側は賠償責任を負わされたと思います。

 前売りチケットに何が印刷されているかなど全然問題になりません。問題は、主催者側に市民に対して協力を求める代わりに(市の予算が多少でも当てられているならば当然のこと)、市民を楽しませる、満足させるという姿勢があるかどうかです。すなわち、主催者のうちだれかひとりでもConsumer Satisfactionの概念を持ち合わせていてくれたら、こんな不快な思いはしなかっただろうと怪やまれます。

 三浦先生の質問に対しても、主催者側は文書での回答を拒否したと聞きました。このことは、何を意味しているのでしょうか。ボランティアの共同責任は無責任なんてことでなければよいのですが。

追伸
右の新潟日報の記事にも書いてある「主催者側の何らかの対応」として、後日詫び状一通が送られてきました。



反論者へ

この記事に対する批判や反論があれば、直接承ります。
卑劣な中傷を口コミで流したりするのはフェアーとは言えないと思います。と言って、わかる相手ならまだ見込みあるか?

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