2016年 第3回 海外医療支援活動報告


新潟大学歯学部からヤンゴン歯科大学へ
口唇裂・口蓋裂を中心とする口腔外科手術に関する医療支援


 “口唇裂・口蓋裂を中心とする口腔外科手術に関する医療支援”は、新潟大学歯学部とUniversity of Dental Medicine, Yangon, Myanmar(ヤンゴン歯科大学)との姉妹校提携に基づいて、2014年からは開始され、今回で第3回目となっています。今回は、前田健康 歯学部長、吉田恵太郎 歯学部事務室長、高木律男 顎顔面口腔外科学分野教授、瀬尾憲司 歯科麻酔学分野教授、照光真 歯科麻酔学分野准教授、児玉泰光 顎顔面口腔外科学分野講師、永井孝宏 顎顔面口腔外科学分野大学院4年生が参加しました(写真1)。2016年12月19日にヤンゴン到着、手術室に新潟から持ち込んだ手術器具、麻酔器具、薬品類を開梱して準備、術前診察を行い、12月23日までの手術日程で以下の症例の全身麻酔と手術を行いました(写真2)。筆者の所属する歯科麻酔科的に最も印象に残った症例は症例7の顎関節強直症の女児です。術前の開口量は数ミリでほぼ開口は不能でした(写真3)。右顎関節はオルソパントモグラフに示すように右下顎頭は肥大変形し、顎関節が癒着していました(写真4)。全身麻酔のための気管チューブの挿管がきわめて困難な症例でした。設備が整い、人員の豊富な麻酔施設でも相当に慎重にならざるを得ない状況でした。こうした場合、第一の手段として、患者さんが意識や自分の呼吸のある状態で気管チューブを挿管する“意識下挿管”が考えられます。通常は麻酔薬で患者さんを眠らせてから気管挿管が行われますが、この方法では鎮静下に自分の呼吸を残し気道の安全性を確保しつつ、チューブを盲目的もしくは、ファイバースコープをガイドに気管に進めて行くことになります。しかし、患者に息を吸ったり吐いたりのタイミングを調整してもらう必要がある他に、気道にチューブという異物が入るためある程度の苦痛が伴ってしまいます。このため8歳の子供にとっては、 指示に従うことも難しく、途中で暴れ始めてしまってはむしろ危険性を伴ってしまいます。他には、頸部に切開を入れ気管に直接チューブを入れる気管切開がありますが、やはり切開するまでの間に何らかの挿管をして呼吸管理をする必要性もしくは鎮静で自分の呼吸を残しておかなくてはいけません。現地の施設や設備の不十分さ、子供には難しいことから却下となります。残るは、麻酔薬で完全に眠らせてから、鼻から気管チューブを進め、同時にファイバースコープをチューブの中に入れておき、その画像を見ながらファイバーを声門から気管へと進め、それをガイドにチューブを挿管してしまうという方法です。これは呼吸が停止した状態で行うため、もし上手くファイバーが進められなかった場合のリスクが残ります。さらに現場の状況を困難にしたのは、性能の良いファイバースコープがないことです。手術室に唯一あるファイバーは、新潟大歯科麻酔科が相当昔に使用していた物を一回目の支援の時に贈ったものでした。最新鋭のファイバーは、画像を液晶モニタに写し、視野も広く、強力な光源で明るく、かなり明瞭に生体を観察できます。これをもってしても、ファイバー挿管は困難を伴うことがあります。しかし、われらが年代物のファイバーは、液晶なしで接眼レンズを直接覗き込む古いタイプで、光源は電池で視界は薄ぼんやり、視野も狭いものでした。ファイバーの先端は自在に向きを変えられるように手元操作で、先端がほぼ直角に2方向に、おじぎと反り返りをするようになっています。しかし、経年劣化からか、一方向にしか先端が動かなくなっていました。果たしてこの装備の状態で全身麻酔がかけられるのだろうか、安全性は?スタッフで検討が行われました。もし、この症例が手術の適応外とされたとき、この患者はどうなってしまいますか?ヤンゴン歯科大チームの返答は、この子はこのままの状態で生きてゆくしかありません。なんとか、やるしかありませんでした。この症例のために手術は、午後には1例のみとしました。顎関節の周囲を剃毛するよう指示していましたが、手術室に現れた彼女は頭部すべてを剃毛され、まるで小さなお坊さんのようでした。すでに確保されていた点滴ラインから麻酔薬と口と鼻を覆うマスクから吸入麻酔薬を投与して麻酔の導入を開始しました。ヤンゴン歯科大常勤の2人の麻酔医も本症例の麻酔に加わってくました。ミャンマーでは歯科医が全身麻酔をすることができないうえ、歯科麻酔学自体も確立された学問体系として教育されていません。麻酔医は医師が担当していますが、本症例のような口腔外科手術での開口困難の挿管を扱うことは稀で、ファイバー挿管は経験が乏しいようです。麻酔導入の最中に点滴が外れ、患者が興奮しだすアクシデントがありましたが、ヤンゴン大麻酔医が、暴れる患者に迅速に点滴を再確保して難をクリア。そして挿管開始、鼻孔よりファイバースコープを咽頭から声門に向かって進めてゆきましたが、 予想されたとおり、ファイバーの視界が良くなく、簡単には声門が見えてきませんでした(写真5)。一方向にしか動かないファイバー先端は意図した方向に進みにくいため、回転させたり首の位置を変えたりして試行すしました。呼吸が停止しているため長時間、ファイバーを入れたままにしておけません。 マスクでの換気を繰り返し、何度目かのトライで頸部にファイバーのライトが外から透過して見えてきました、声門に近づいている、さらに進めてゆくと、そのかすかな透過光は消えてゆく、気管に入った徴候です。あとはこのファイバーをガイドにチューブ進めるのみ、挿管成功。人工呼吸に切り替えられました。スタッフから思わず拍手が沸き起こりました。手術室に入室してから約50分が経過していました。手術は、口腔外から右関節頭を切断、口腔内より筋突起を切断して約2時間で終了。術後は、正常な開口が可能で問題なく気管チューブを抜管して麻酔終了となりました。本症例をはじめ、今回の口唇・顎・口蓋裂はいずれも比較的重症例でした。この他、ヤンゴン歯科大から手術依頼された症例として、口蓋形成術後に創部が裂開してしまい口蓋に大きな欠損が生じている12歳女児がいましたが、欠損が大きく何らかの組織移植術をするか、義歯のような人工的な義顎を装着するしかないと判断され、残念ながら支援チームでの手術は不可能と判断されました。口唇口蓋裂治療の日本からの医療支援は1995年に日本口唇口蓋裂協会が手術をしたことに端を発するそうです。以来、手術の技術移転も進み現地スタッフの水準も上がっています。しかし多くの手術を受けられない患者がまだミャンマーには埋もれていると言われています。今回われわれが支援できたのは10例ですが、引き続き困難な症例の手術への要望に応えられるように研鑽を積んでゆく必要があると思います。最終日には、病棟でスタッフと患者さん家族も集合して記念撮影、これからもミャンマーのみなさんの笑顔が増えますように(写真6)。

  第3回医療支援の症例詳細

         
歯科麻酔科 照光真  平成28年度歯学部ニュース2号からの引用

         
顎顔面口腔外科学分野
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・過去の海外医療支援活動報告

 2014年 第1回海外医療支援活動報告
 2015年 第2回海外医療支援活動報告

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写真1



写真2


  
写真3



写真4



写真5



写真6