摂食・嚥下障害

小児歯科 はい島 弘之

皆さん,食べること好きですか?私は大好きです。食事をすることは生きるための栄養摂取のみならず,楽しみであり,欲求を満たす満足感を得ることでもあります(写真1)。何らかの原因で摂食機能に障害が生じてしまったとしたら,それはまさに味気ない人生になってしまうでしょう。チューブ栄養を受けている患者さんからは「もう一度でいいから,おいしいものを自分の口から食べたい。」という声をしばしば耳にします。このような患者さんの希望に答えるべく,近年,関連する多くの書物が出版されるようになり,一昨年,日本摂食・嚥下リハビリテーション学会が設立されました。

摂食・嚥下障害の治療は,多くの場合,誤嚥(誤って食物が肺に流入してしまうこと)との戦いになります。'誤嚥=肺炎'とは決して言えませんが,誤嚥を繰り返させ,肺炎を誘発し,患者さんを死に至らせるようなことはあってはなりません。したがって,他の障害や疾患の治療と同様に的確な診断と訓練・指導方法の選択が大切になります。今回は,摂食の意義,摂食機能障害の分類・診断方法・指導訓練方法について概説します。

1. 摂食とは?(表1.)

食べることはまず,食べ物の認知から始まります。認知することにより,食事に適した姿勢をとったり,唾液などの分泌が高まるなど消化器系の活性が高まります。その後,手と口などが協調して食べ物を口腔へ摂り込みますが,この時,口唇の働きが重要となります。食べることは口から胃までの一方通行ですので,ひとたび口の中に取り込んだものをこぼさないように嚥下終了まで,口唇が閉鎖されていることが大切です。次に食べ物の物性に応じて,咀嚼したり,舌と口蓋で押しつぶしたりする食物の処理が口腔内でなされます。処理された食べ物は口腔内にかなり散らばった状態になりますから,これを飲み込むために舌の上で一塊にすることが必要となります。これを食塊形成と呼びます。食塊形成はいってみれば飲み込み(嚥下)のスタートであり,これが上手にできないと嚥下運動がスムーズになされません。食塊形成時には,上下の歯が噛み合い,下顎が固定され,頬と舌が協調して食べ物を舌の上に集めます。この状態から舌が前方から徐々に盛り上がり,食塊を口腔の後方へと移送(嚥下口腔相)します。この時,嚥下反射が引き起こされ,この後の動作は不随性(反射性)に進行します。口腔のうしろには咽頭と呼ばれる器官があり,食塊はここを0.5秒ほどで通過します(嚥下咽頭相)。咽頭は下部で食道と気管につながっており,通常は呼吸のための通路として働いていて,嚥下のときだけ食塊の通路となるのです。この切り替えが非常に短時間の間に咽頭相で起こりますので,細かな神経性調節が必要となり,障害を受けると誤嚥の危険性が高くなります。無事に咽頭を通過した食塊は蠕動運動により食道を通って胃に到達します(嚥下食道相)。摂食・嚥下療法では食べることを表の7段階のように細かく分類しています。そして,どの段階に異常があるのかを診断し,それぞれの段階の障害に適した訓練法などを決定していきます。

2. 摂食機能障害の分類

拒食症や過食症など心理的疾患と区分するため,うまく飲み込めない運動障害を摂食機能障害としています。摂食機能障害は原疾患に応じて1)虫歯や歯槽膿漏など痛みによる一時的なもの,2)口腔ガンの手術後や口蓋裂に伴う形態異常によるもの,3)神経・筋障害によるもの,4)老化(機能減退)に伴うものの4つに大きく分類することができ,それぞれに対処法が異なっています。神経・筋障害は最も頻度の高いもので,一度機能が獲得されてから脳卒中などの疾患により障害を受ける中途障害と,脳性麻痺や精神発達遅延による発達期の障害にさらに細分されます。

3. 診断方法

障害のこれまでの経過を問診した後,全身状態や口腔・顎・頚部の運動機能の診査を行ないます。その結果,次の嚥下スクリーニングテスト(予備検査)を行なっても危険性が少ないと判断された患者さんに対し,実際の嚥下機能を診査します。現在ではRSSTと呼ばれる人工唾液反復嚥下検査がよくスクリーニングテストに用いられています。これは2ccの人工唾液を口に噴霧して30秒の間に何回嚥下できるかを調べるもので,3回未満ですと危険群として要精密検査となります。精密検査には舌や咽頭・食道の詳細な運動様相が観察できるX線テレビ(写真2)や超音波診断装置を使うことが多くなっています。必要に応じて,咽頭・食道内圧の検査や筋電図記録を行なうこともあります。ちなみに,新潟大学歯学部附属病院には,被曝量が極めて少なく,解像度の高いXテレビがあり,他の医療機関からの検査依頼も受け付けています。

4. 指導訓練

訓練指導法は,1)食環境の指導 2)食内容の指導 3)機能訓練に分かれます。食環境の指導では,摂食時の姿勢に関連するテーブル,イスの選択,使用する食具の工夫など,食内容の指導においては,それぞれの患者さんの咀嚼・嚥下機能に応じて食品の物性を決定し,カロリーコントロールも行ないます。また,摂食・嚥下も運動のうちの一つですから関連する筋肉の収縮力や持続力に依存しています。口腔や顎,そして頚部の筋力がおちている場合,筋肉の基礎的訓練が必要であり,間接訓練を行なうこともあります。筋肉のストレッチや負荷をかけるトレーニングが主体となります。間接訓練により摂食・嚥下に必要な筋力がついたところで,実際に食べ物を摂取する直接訓練を行ないますが,この訓練において大切なのは,摂取する食品やその量を機能の回復(発達)に適したものにすることです。乳児の離乳食を参考に徐々にレベルを上げていくとよいといわ
れています。

現在,新潟大学歯学部附属病院では,高齢者の方などを加齢歯科,口腔ガンの手術後などの患者さんを口腔外科,発達期の摂食障害の子供さんを小児歯科が分担し,治療にあたっています。しかし,まだまだ緒についたばかりであり,他大学,他の医療機関と連携を取りながら,試行錯誤しているのが実状です。今後,診療システムを確立し,より迅速な対応が取れるよう,摂食・嚥下に関する勉強会(写真3)を主催するなど努力しているところです。


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