<講演要旨>
象牙質を顕微鏡で観察すると、石灰化基質には無数の象牙細管と呼ばれる管状構造物が存在する。象牙質はその成分から考えると骨と類似している組織であると考えられるが、形成細胞と基質との関係やリモデリングの有無などから、象牙質は骨とは似て非なる組織であると言える。一方、歯髄は硬組織である象牙質に囲まれ、外界とは根尖孔だけで交通する一種の閉鎖空間に近い特殊な環境におかれている。また、歯髄は象牙質と違って石灰化しない組織であるが、病的状態では歯髄結石(髄石、象牙質粒)や骨様組織などの硬組織が形成されることも知られている。象牙質と歯髄は発生学的・構造的・機能的に互いに密接な関係を持つことから、一つのユニットとして捉える必要があるが、近年の歯の発生生物学的研究の進展に支えられ象牙質・歯髄複合体に関する私たちの知識も飛躍的に増大したと言える。
私たちのからだは、外傷や切断などの物理的損傷に対しての治癒能力を備えており、その傷を受けた場所に応じて修復する。象牙質・歯髄複合体においても修復現象が知られており、歯の損傷に対して、歯髄は優れた修復能力をもつ組織であると言える。咬耗、摩耗、う蝕、窩洞形成や修復処置等の刺激に反応して局所的に形成される不規則な象牙質を第三象牙質と呼ぶが、歯の再植後の歯髄治癒過程では、歯髄内に第三象牙質が形成される場合に加え歯髄が骨組織に置換する場合があり、後者の治癒経過を辿る場合が多い。しかし、現在両者の治癒機転を規定するメカニズムは明らかになっていない。本講演では、最近の象牙質・歯髄複合体研究の進展について紹介し、将来の再生医療へ向けた象牙質・歯髄複合体の生物学的基盤に関する情報を提供したい。
私たちが確立した窩洞形成や歯の再植・移植などの動物実験モデルにより、歯髄が高い免疫防御機能を有すると共に、骨組織形成能を含めた多分化能をもつ可能性が示唆されている。歯の損傷後の歯髄治癒過程を考える場合、局所に存在する歯髄細胞の由来や硬組織形成能が重要になる。最近の歯髄生物学の分野では、歯髄には少なくとも二つの異なる由来をもつ細胞が存在すると考えられている。それは、従来から広く受け入れられている神経堤由来細胞(外胚葉性間葉とも呼ばれる)に加え、もともと歯胚形成部位に存在していた中胚葉由来細胞の存在である。この考えに従えば、歯髄は象牙芽細胞に分化する能力のある神経堤由来細胞と骨形成能をもつ中胚葉由来細胞のハイブリッドな組織であると言える。この様に局所に存在する細胞の分化能と細胞間シグナルの相互作用によって規定される再生の場の理解が、歯の再生医療具現化の重要なステップであると考えられる。
略歴 | |
生年月日 | 1961年7月5日 |
1981年4月 | 新潟大学歯学部入学 |
1987年3月 | 同 卒業(17期生) |
1987年4月 | 新潟大学大学院歯学研究科入学 |
1991年3月 | 同 修了(歯学博士) |
1991年4月 | 長谷川歯科(歯科医師)就職 |
1992年11月 | 同 辞職 |
1992年12月 | 新潟大学助手歯学部(口腔解剖学第二講座)に採用(〜1996年12月) |
1997年1月 | 新潟大学講師歯学部(口腔解剖学第二講座)に昇任(〜1998年3月) |
1997年3月 | 文部省在外研究員(ヘルシンキ大学バイオテクノロジー学部)(〜1997年12月) |
1998年4月 | 新潟大学助教授歯学部(口腔解剖学第二講座)に昇任(〜2001年3月) |
2001年4月 | 新潟大学助教授大学院医歯学総合研究科(口腔生命科学専攻摂食環境制御学講座顎顔面解剖学分野)に配置替え(〜2001年12月) 新潟大学助教授歯学部に併任(〜2001年12月) |
2002年1月 |
新潟大学教授大学院医歯学総合研究科(口腔生命科学専攻顎顔面再建学講座硬組織形態学分野)に昇任(〜2004年3月) |
2004年4月 | 新潟大学教授教育研究院医歯学系に配置替え(〜現在に至る) 大学院医歯学総合研究科顎顔面再建学講座を主担当(〜2009年3月)、歯学部を担当 新潟大学歯学部口腔生命福祉学科長に併任(〜2005年3月) |
学位 | |
1991年3月 | 歯学博士(新潟大学)「Ultrastructural changes in odontoblasts and pulp capillaries following cavity preparation in rat molars (ラット臼歯窩洞形成後の象牙芽細胞と歯髄毛細血管の微細構造学的変化について)」 |
学会活動 | 新潟歯学会(評議員)、歯科基礎医学会(理事・評議員)、日本解剖学会(評議員)、IADR(International Association for Dental Research)、JADR(国際歯科研究学会日本部会)、国際組織細胞学会、日本臨床分子形態学会(評議員)、日本顕微鏡学会、日本歯科医学教育学会 |
その他の活動 | 歯胚再生コンソーシアム、歯の発生の会(世話人) |
学会賞 | 1995年9月 第7回歯科基礎医学会賞受賞 |
主な研究分野 | 象牙質・歯髄複合体の発生と再生、歯髄の免疫防御機構、歯の幹細胞の探索 |