在宅療養でのの問題点口腔ケアの現状|おいしく安全に食べるために|介護認定審査会の現状

 

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1.食事と口腔ケア

 人間は個人であれ、民族であれ、この地上に条件を背負って存在している。障害をもって生まれた個人もあれば、資源や気象条件に定められた領域に住んでいる人もいる。
 個人の生涯は、もしかしたらこの世に生を享けたときに、かなりの割合で決定されているのかもしれない。残りの部分というのは、その後の努力にまかされているのかもしれない。そこに自由への希望がある。
 マズローは、欲求という問題について低次な欲求がみたされるとどんどん高次な欲求が現れてくることを明らかにしている。低次な欲求というのは、具体的には、食事をすることや排泄をすることなど生きていくうえで最低限の欲求を指している。これを生理的欲求とした。そして、この欲求が充足されると、身の安全を求める「安全の欲求」が表れ、つぎに仲間がほしいことや、誰かに認められたいという「承認や自尊の欲求」に移り、自分自身をより向上させたいという「自己実現」の欲求に移行するとしている。
 食事、排泄、入浴は、ケアマネジメントやケアプランを立案するうえや、また実際の介護サービスの提供場面で、重要になってくる。食事を摂ることは、マズローの欲求から引用すると、最も基本部分に位置する。食べるということ全体を段階的にとらえると、動物としてその場の生命保持のための食、次に成長などを保障する安全のための食、さらには、いつもではないにしても皆と会話しながら摂る食、そして食についての豊富な知識に裏打ちされたあるいは様式化した作法に対応できる食、最後に最高の位置に、より高度な食べることを自己実現としての食が考えられる。その時に食は、栄養摂取という目的から、人の生き方を側面で支える文化の手段にまで昇華していくといえる。
 介護の場面ではいかに基本的な欲求の介護を充実させることが大切かは、介護の歴史をたどってみるとわかる。介護の歴史は「お世話型介護」から「自立支援型介護」に移行してきている。「お世話型介護」とは、たとえば食事をとらない高齢者に食事を介助し、むせてきたからきざみ食、ミキサー食に変更するという性質のものであり、自立支援型介護とは、なぜ、食事の摂取が困難なのか原因を検討し、介護方法を探ることと言ってよい。そこには、本人の望みや生活暦を考慮し、また、専門職の意見を取り入れながら本人の能力を最大限に引き出すことだと思う。ただ、「お世話型介護」が無意味なわけではなく、上肢に麻痺や拘縮があり、食事を摂れない高齢者にとって、その仕事は快適さをもたらすからその価値は十分にある 。ただそこに、専門性や独自性という観点からみれば、そこにあるべき理論はなかったといえる。これに対し、自立支援型介護は、食事の自立を例にとっても、上肢機能の評価、食事の形態や食欲を引き出すコミュニケーションはできているか。食事の姿勢は正しくまえかがみになっているか。椅子、テーブルの高さは本人に合っているか。食べやすい福祉用具は使用されているか。その人の好みの味付けになっているか等、そのケアのあり方を根拠づける理論、意味づけとなる。そのなかで、口腔疾患の悪化は、食事摂取が困難になり栄養状態が悪化し、廃用症候群を引き起こすことは、介護職として抑えておかなければならない。
 自立支援という考え方が社会に少しずつ広がり始め、介護がそれに答えるべく、自立支援型介護を進めている。いま、介護職にとっての課題は、自立支援を理論化し具現化するための方法論である。食事のケアを進めていく上で、口腔ケアは必須のものである。食事の自立や口腔ケアの理論を確立し、幅広い知識を得ることで利用者のQOLの向上を図れることを確信している。食事摂取ができなくなったときや判断力や意欲が低下して食事量が低下したときは、口腔内の状態や食べている様子(むせはないか。時間は必要以上かかっていないか、残食の量等)にも着目することを忘れてはならない。口腔内に原因があったときは、それに合わせた対応を考え、歯科の治療や義歯の製作には、プロフェショナルな知識が必要である。介護職一人の力で解決することはできないが、最初に異常を見分けることは、介護職や家族の方など、日常に接していてタイムリーに口腔内を観察できる人でこそ、可能になる。
 口腔ケアによって、介護される人が尊厳を取り戻し、生活が変わっていくことがある。施設入所しているAさんは、93歳で脳血管性痴呆があり徘徊や異食があり、義歯の装着をせずに何年間か過ごした。入所後に口腔内を確認すると、むし歯が見つかり治療を行った。その後は、激しい徘徊はおさまり、日常生活にも会話はチグハグなところはあるが笑顔が見られるようになった。状態の安定に伴い、家族から「彼岸に墓参りに連れて行きたい」と話があり、カンファレンスの中でそれにあわせて義歯の装着を進めてみたらどうかと提案があった。本人も歯科医師を気に入っていることも大きな要因であり、歯科医師も本人の精神状態を理解し、義歯を何度か手直して完成後に、自分で洋服を選び墓参りに外泊した。施設では、おかゆときざみ食を摂取していたが、自宅では、おはぎを2つ食べて、親戚の人たちも本人の以前との表情の違いに驚いたと家族からの話であった。施設に帰ってくると、「ほんね、生きていて良かった」と本人からは、満足された表情が伺えた。
 また、痴呆性老人のケアのなかで口腔内のアセスメント不足により、高齢者が義歯を飲み込んでしまって、咽頭にひっかかっていた。ということも耳にする。痴呆性老人は日々の状態の変化や感覚の世界を認識し義歯を使用することのリスクも考えなければならない。
 最後に、介護を英語にすると「ケア=CARE」という言葉がよく使われる。この「CARE」には、心配事、心づかい、世話、保護、看護、関心事などさまざまな意味があることがあることを辞典は教えてくれる。口腔ケアの小さな心づかいは、介護のすべてに通じており、高齢者の笑顔を取り戻し、笑顔のなかで長生きをしていただくことにつながると思う。

 

 

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