・口腔顔面の痛みや感覚異常の新たな診断から治療へ

 歯科治療の後などに生じた口や顔の周りの痛みや不快なしびれは、会話や食事といった人が生きてゆく上で重要な機能に障害を及ぼし、その精神的な苦痛は多大なものです。こうした原因の多くは歯科に関連した神経の損傷をきっかけとしていることがあります。これには抜歯や口腔外科手術、歯の神経(歯髄)の治療、局所麻酔、デンタルインプラント、顎の骨の中の炎症など広く歯科疾患や口腔顔面領域の処置があげられます。しかしこうした不快な症状が歯科で診断や治療されているかというと、必ずしもそうとは言えないかもしれません。まず神経の損傷が発生しそれが慢性痛に発展するといった病態が歯科の中でも一般に認識されていない現在の歯科医療の状況があり、さらに同様な神経にダメージがあったと推測されたとしても、なぜ人によって慢性痛へと発展する場合とそうでない場合があるのかという素朴な疑問に加え、そもそも慢性痛にいたるメカニズムすら分かっていないのが現状です。

・診る

痛みの原因の可視化が私たちの一つのゴールです。
痛みとは例えば実際に皮膚が切り裂かれたといった他覚的にもわかるものから、心の懊悩のような他人にはうかがい知れない痛みまであります。慢性痛をみることの難しさは後者のような外からは明らかにとらえられにくい部類に属していることです。外からみた痛みのわかりにくいことを示す諺に“他人の痛みなら100年でも気にならない”他事かように、なってみなくては分からないものであるようです。  しかし私たちの口腔顔面領域の痛みに対する考え方の第一歩は、“末梢に何らかの痛みの要因があるはず”からスタートします。歯科で一般に用いられる画像手法は口腔内にフィルムを置くX線デンタル写真や断層法の一つであるオルソパントモグラフ(パノラマ)ですが、もし口腔顔面領域の神経損傷が疑われるならば、残念ながら見るべきものが違うといわざるを得ません。故にどこも悪いところが無いのに何故痛いのかとなってします。そこで私たちは神経選択的な画像法の開発から始め、MRIを用いた高分解能神経画像法(3DVR-MRN)を新潟大学脳研究所 統合脳機能研究センターと共同で開発してきました。(Terumitsu M, Seo K, Matsuzawa H, Yamazaki M, Kwee I L, Nakada T.Morphologic evaluation of the inferior alveolar nerve in patients with sensory disorders by high-resolution 3D volume rendering magnetic neurography on a 3.0-T system. Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol Endod 2011;111:95-102.)
 末梢神経の損傷とその後の異常な再生に伴って神経の蛇行や、こぶ状に変形したり、線維性の結合組織の増殖で瘢痕化した病態が実際に多くの症例で確認され、痛みの原因のかなりの部分は異常再生の一つ神経腫が関係していると考えられます。すでにわれわれの研究では、傷ついた神経が再生する際、異常な結合組織の増殖を伴い神経腫を形成してゆく形態学的変化の過程をとらえており、こうした経験上豊富な知識を有した診療施設は世界中どこを探してもないでしょう。

 

Advanced Research

水分子の状態計測による神経病理イメージング

線維性の結合組織と神経線維を水分子の拡散を画像化した解析方法で病理イメージングする方法で神経再生の異常メカニズムの解明に迫っているところです。新潟大学脳研究所統合脳機能研究センターと共同して最先端の核磁気共鳴学的手法を駆使して、臨床応用を進めています。 これは将来、あごの骨の中にある病変の解析に役立つものと考えられております。


超短潜時三叉神経体性感覚誘発電位

三叉神経領域の神経障害の形態や伝導性の変化を電気的な時間と強度の変化に置き換えて非侵襲的に計測する方法を臨床応用しています。これは脳波計を用いて、神経の走行の変化や周囲の結合組織の状態や軸索損傷後の病的な再生に伴う変化をとらえようとするものです。

・診断

高度な神経病理イメージングに加えて臨床症状を的確に診察できることが、私たちの痛みへの取り組みの基本です。神経障害の程度を客観的に正確に数値化する方法(Quantitative Sensory Test: QST) は診断に欠かせません。たとえば触知覚の空間的時間的弁別能を測定するテストや、神経支配領域の空間分布を示す数値である2点間弁別閾値測定、触知覚閾値の強度測定、損傷した神経の種類を判断する温度知覚、味覚、顔面温度などがあります。これらは米国の口腔外科学会で標準的に用いる方法で行われ、世界に通用する国際的な評価方法をとっています。実際、神経の修復を促すステロイドを集中的に投薬にする治療ではQSTの結果を基にその適応や予後判断を行っています。(Soe K, Tanaka Y, Terumitsu M, Someya G. Efficacy of steroid treatment for sensory impairment after orthognathic surgery. J Oral Maxillofac Surg. 2004, 62(10):1193-7)
また、前出の温度知覚計測は、損傷した神経線維が太く(髄鞘化した)線維かそれとも細い(無髄)線維かを判断するうえで重要な指標ですが、簡便に正確に測定する手法があまりないのが実状です。そこでわれわれは、新たな温度刺激装置とその計測手法を開発しました。与えた刺激温度は体表との温度差によってどんどん変化してゆきますが、これをフィードバックコントロールで温度を一定に保ち、3つの温度をプリセットできるコンパクトな温度刺激装置です(瀬尾憲司、照光真 他:簡易型熱温度閾値測定装置の開発,ペインクリニック,vol33(4):569-572,2012)。これである温度の組み合わせを提示して反応を計測すると損傷神経の種類を簡単にスクリーニングできる方法を臨床応用しようとしています。 三叉神経領域の神経障害の形態や伝導性の変化を電気的な時間と強度の変化に置き換えて非侵襲的に計測する方法を臨床応用しています。これは脳波計を用いて、神経の走行の変化や周囲の結合組織の状態や軸索損傷後の病的な再生に伴う変化をとらえようとするものです。

・治す

Advanced Clinical Application

神経再生

投薬や神経ブロックによる標準的な治療法に加えて、われわれの新しい試みは病的な神経再生が進んだ部位を切除して人工神経管を用いて健全な神経再生を促す治療法で臨床応用を始めています。人工神経管はポリグルコン酸+コラーゲンからなり、京都大学再生医科学研究所で開発されたもので、神経再生手術の世界的な専門家である整形外科医とチームを組んで手術にあたっています。三叉神経領域での使用は初の試みで、徐々に症例を増やしつつあります。(Seo, K., Inada Y., Terumitsu, M., Nakamura, T., Horiuchi, K., and Inada, I., Someya, G., One year outcome of a damaged lingual nerve repair using a PGA-Collagen tube: A Case Report. J Oral Maxillofac Surg Jul;66(7): 1481-1484, 2008)



超選択的神経ブロック

異常再生した神経からは異常な神経発火をして痛みを出すと考えられています。こうした異常機能を長期間にわたって抑制する方法の一つに神経ブロックがあり、一般に神経を破壊する薬剤が使われます。われわれは熱凝固や電気的なパルスを与えて周囲組織の破壊を最小限にして痛みをとる、より生体に侵襲の少ない方法を口腔顔面領域での臨床応用を目指しています。現在、顎関節症に伴う顎関節の痛みを抑えるために耳介側神経を超選択的に持続的にブロックすることを行っております。

・予防

 神経損傷後にすべての人が神経腫を形成し痛みをだすわけではありません。痛みにまで至る原因は今のところ完全に解明されていません。

Advanced Research

われわれは動物実験で、神経腫モデルラットに対し生化学的、物理的な手法で損傷後神経の再生時に暴走した神経再生を抑制する方法を検討しているところです。これにより将来的に歯科治療後の慢性的な痛みの発生を予防する方法につながるようにしたいと考えております。